2013-11-01から1ヶ月間の記事一覧

(その百三十三)向田邦子

花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る 森繁久彌による墓碑銘

(その二)『女大学』の時代

かたい武家の家や、商家でもしっかりした家風の家、郷士、土地の旧家などで、小ゆるぎもしない古くからのしきたりで、時勢の変遷などよそにみて、格式通りの生活をつづけ、冠婚葬祭も慣例に従って、『女大学』はそこで重要な、女のありかたの支えになってい…

(その五十七)香下

色好みの平仲が思いそめたのはかの本院侍従。才女として誉れ高く、村上天皇の母后の女房を勤めていた。届け文ににくからぬ返事もあるが小ゆるぎもせず、ついに会うことがかなわない。せめて内奥をかき口説き続けるかた思いから解放されるために、平仲は侍女…

(その百三十二)アルフレッド・ダグラス卿

キチンの奥の狭いメイド部屋には移りたくなかったが、アルフレッド卿にも会いたい気持があった。一八九〇年代の典型のような人物で、若い頃には美男子で、無分別で、怒りっぽく、裏切り行為を働いたかどで刑務所にほうり込まれた、などの伝説以上には何も知…

(その百三十一)ガートルード・スタイン

部屋は広く、落ち着いた色調の家具が備わっていた。しかし、壁面には収集したブラック、マチス、ピカソ、ピカビアらの豪華な絵画がところせましと並んでいた。私はそうした絵画の集積的な影響から回復した途端、部屋の向こう端にブッダよろしく鎮座するそれ…

(その百三十)エセル・ムアヘッド

デセンデ・ドゥ・ラルヴォットにあるエセル・ムアヘッドの家はイギリスのオールドミスにふさわしい住いだった。中にはチンツや真鍮製品や家族の肖像など、壁面二つに書棚がずらり並んで中に前衛的な書籍が詰まっていることを除けば、サセックス州のコテージ…

(その百二十九)マックス・マザッパ

僕がお年寄りの乗客に、デッキチェアをたった二つの動作で折りたたむ技を教えていると、マザッパさんがこっそりとそばにやって来る。腕をからませ、僕をひっぱっていく。「ナチェズからモビールへ」と説教調で。「メンフィスからセントジョーへ……」僕の戸惑…

(その百二十八)リー我ロイ矢ル貞男

彼とはよく、スナックのママに霊感が強い女が多いのはなぜだろうと話し合ったものだった。当然のようにLの話になった。 後年になってLにその話をすると、手を叩いて喜んでいた。もっともLにしてみれば、彼の態度にはどこか慇懃なところがあって最後まで好き…

(その六)書斎

その細長い書斎をさして、開高健は鳥小屋と呼んだ。自宅と隣家とのすきまの狭い露地に柱を建て並べ、その上に鳥の巣をかけわたすようにして造られていたからである。同じような理由から書斎の主は鳩小屋と称していた。外構えはたしかに鳥小屋ふうだが、しか…