(その五十七)香下

色好みの平仲が思いそめたのはかの本院侍従。才女として誉れ高く、村上天皇の母后の女房を勤めていた。届け文ににくからぬ返事もあるが小ゆるぎもせず、ついに会うことがかなわない。せめて内奥をかき口説き続けるかた思いから解放されるために、平仲は侍女を捕まえさせて糞尿の入ったおまるを盗んだ。本院侍従のむさいものを拝もうと竹で編んだふたをとると、香木の薫き込められた匂いが鼻をついた。見ると、黄色い液体のなかに、なにやら黒いものが三つほど浮かんでいた。えも言われぬ香りにぞっとする思いで便器を傾け、液体を口に含むと、甘みのなかにつんとした苦さが舌先を貫いた。黒いものは、香を練り合わせたもので、かぐわしいこと限りない。平仲は、思いを断ち切るつもりが気勢をそがれ、結局は会えずじまいで「ほけほけしく」なり病に倒れてしまった。