(その百三十一)ガートルード・スタイン

 部屋は広く、落ち着いた色調の家具が備わっていた。しかし、壁面には収集したブラック、マチスピカソ、ピカビアらの豪華な絵画がところせましと並んでいた。私はそうした絵画の集積的な影響から回復した途端、部屋の向こう端にブッダよろしく鎮座するそれらの所有者の影響のもとにひれ伏していた。
 恐らく彼女を取り囲むへつらいの雰囲気のせいでもあろうが、ガートルード・スタインからは後光のようなものが射していると思った。ある種の黄麻繊維の粗い布で仕立てたらしい床まで引きずるガウンを纏った長斜方形彼女の体は絶対に反論できないという印象を与え、裾の襞におおむね隠れた踵は寺院の柱の基部を彷彿させた。彼女が身を横たえるなど考えることさえできなかった。往時のローマ帝国風にカットした髪は、あいにく首筋の美的な助けがないから農婦紛いの広い肩に降りかかっていた。目は大きくてあまりにも鋭い。私は彼女に魅力と嫌悪の入りまじった奇妙な感覚を覚え、まるで信じることのできない異教の偶像ででもあるかのように本能的な敵意と、不本意ながら尊敬の念を抱いた。


ジョン・グラスコー『モンパルナスの思い出』工藤政司訳 法政大学出版局 二〇〇七年二月五日発行 一二〇頁