2014-01-01から1年間の記事一覧

(その六十二)徘徊

商店街を徘徊する小柄な老婆の姿が見られるようになったのは、去年の夏ごろからだった。老婆は輸入雑貨が店内にところ狭しと置かれた店内に入ると、ここが板土間だったころから知っていると言わんばかりに奥の帳場に押し掛け、紫色に髪を染めた店員に気安く…

(その六十一)撮影段取表

ゴダールは彼のおおかたの撮影の際に好んで、撮影段取表を考察すべき引用文で締めくくったものだった。そしてときには、その引用文のいくつかが結局はその映画それ自体のなかで見つけ出されたり、また別のいくつかは数年後に、それどころか数十年後に、映画…

(その六十)積夜具

ふたりが出会ったのは、茶屋の前に夜具がたくさん積まれた布団のなかだった。 男の名は仁吉といい、冷やかしの最中に素人の小娘を見初めてむらっ気を起こした。 仁吉はとくにいい男ではなかったが、通った鼻筋に涼しい目許をしていた。鬢を撫でつける仕草に…

(その五十九)ハンカチーフ

父親の愛はとても近かった。幼いセアラを抱きすくめ、その肌触りを愉しみ、一心に眼をのぞきこんだ。床について寝しなのおとぎ話を聞かせてくれるときは、必ずからだのどこかをやさしくなぜてくれた。セアラにとって、父の熱心な愛の行為は、ある意味で近す…