2013-04-01から1ヶ月間の記事一覧

(その百二十一)ようちゃん

ぺたぺたというような軽い靴音がうしろから走ってきて、だれかが肩を叩いた。ふりむくとやっぱり、ようちゃんだった。彼女はいつも、きゃしゃな足によく似合う、やわらかい革の横で留める靴をはいていて、あまり足をあげないで走るから、こんな音になる。よ…

(その百二十)ナナオサカキ

たくさんの渓流に洗われた頭 四つの大陸を歩いてきたきれいな足 鹿児島の空のように曇りなき目 調理された心は驚くほど新鮮で生 春のサケのように活きのいい舌 ナナオの両手は頼りになる、星のように鋭いペンと斧 アレン・ギンズバーグ

(その百十九)ナスターシャ・フィリポヴナ

「残念だ! じつに、残念だ! 破滅した女だ! 気の狂った女だ!……だが、そうなると、公爵に必要なのはナスターシャ・フィリポヴナではないぞ……」 ドストエフスキー『白痴』上巻 新潮文庫版 木村浩訳 新潮社 昭和四五年一二月三〇日発行 三三一頁

(その百十八)ガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギン

実際のところ、金もあり、家柄もよく、容貌もすぐれ、教育もあり、ばかでもなく、おまけに好人物でさえあり、自分の思想をもたず、まったく《世間並み》の人間であることぐらいいまいましいことはないであろう。財産はある、しかしロスチャイルドほどではな…

(その百十七)光晴

ちくちくする芝生に背中をつけた姿勢でのけぞると、逆さまになった林の先端だけが見えた。杉や小楢が自生する林は体育館と墓地に挟まれていて、忘れられたようにいくつかの遊具があった。鳥の糞だらけのバンガローや車輪が錆びてうまく滑らないロープウェイ…

(その百十六)ミディPスメル13

三人の浮気相手とつつがなく恋愛をしていたミディPスメル13は、四人目を申し出たいちばん若い男に殺されたが、彼のなまえを最後までおぼえられなかったのが唯一の心残りだった。

(その百十五)フェルディシチェンコ

それは年のころ三十ばかりの、背丈の低くない、肩の張った、赤毛の大頭の男であった。その肉づきのいい顔は赤らみ、唇は厚く、幅広の鼻は低く、小さなどんよりした眼は皮肉の色を浮かべて、まるでひっきりなしに瞬きしているように見えた。全体的に見て、こ…

(その百十四)プリンシパル倉敷ルロイ

「もっと働こう」がモットーのプリンシパル倉敷ルロイは、意識がこと切れた瞬間ですら全身をながれる血の速度を上げようとひたすら心拍を速めていた。