2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

(その七十九) 清水N

彼女は、地方のある飲食店に勤めているあいだに体重が二十キロ増えたが、性的な魅力はいっこうに衰えていないと自負していた。 経験が彼女にこう語った。女の魅力の大部分は、まだ女の価値を知らない男によって作られる。知ったと思う男は、かえってそれを魅…

(その七十八) Y

Yは私の知り合いのなかでもひどく風変わりな男で、数ヶ月単位で取り組む研究テーマを変えては路上を徘徊していた。問題の探求にあたって、実証的なアプローチを図書館に籠もる学者の占有物にしてはいけないというのがモットーのYは、もっぱら読書や観察を…

(その二十六) 追放

ある午後、朝から折り悪しく振り(ママ)つづいていた雨のなかを、半白の髪をした長身の男がたずねてきた。着ずれたカーキ色の服からして、その男の日常は楽でないことを示したが、フジタは別として、それが当時の日本人の標準的な服装だったことは確かであ…

(その二十五) 分身

「首尾はよくなかったよ!」と、バティストはアナゴを指して言った。 彼は、釣り人が波止場にじっと立っている野次馬にでも話しかけるような口振りで、ロンドンから来た男に話しかける。 つぎは、ロンドンから来た男がバティストに話しかける番か? 男が長い…

(その一) 白樺派の時代

『白樺』の標榜する人道主義は安易な虚言でしかなかったが、それは局外者の冷静な観察によってもたらされた意見である。素朴な宗教的感情のように、理想は実現の可能性を本気で信じたときだけその深淵の口をぱっくりと開けた。自己主張を敬虔と熱狂という宗…

ヤクザ研究ノート(2)

ヤクザ組員と警察との戦後占領下における蜜月期から現在まで連綿と続いた司法取引の実態は、ほとんど公表されることもないまま「証拠物件」の捏造と余罪追求の取り下げをくり返してきたが、取引を持ちかけられた組員が暴露するほかにも、あまりに慣例に浸り…