世間生業気質

(その八)鳥を捕る人

「ここへかけてもようございますか。」 がさがさした、けれども親切さうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。 それは、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い巾でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛けた、赤髯のせなかのかがんだ人でした。 「えゝ…

(その七)撮影所の名物男

大貫 なんて言ったっけ? 石井 正やんは、正やんだな。 大貫 名物男です。 石井 進行係もやれば役者の付き人みたいなこともやれば、監督の腰巾着もやるし、雑用もやる人なんですよ。海に飛び込む場面を撮るとき、たとえば若い監督ならいきなりやれっていうで…

(その六)ダイヤー(皮革染色業)

ほんとうに月の支配を受ける日々があった。 彼は落ち着きを欠き、アリス・ガルでいっぱいになっていた。水道のトンネルが完成すると、パトリックはウィケット・アンド・クレイグ皮なめし所に職を見つけた。その新しい乾いた世界で彼の肉は引きしまり、湿っぽ…

(その六)若い芸術家

立ちどまると一面の星空とカエルたちのコーラス。やっとさがしあてた家のあたたかい電灯の光の下で、谷川俊太郎と武満徹がビリー・ザ・キッドのピストルのはなしをしていた。石原慎太郎は輪ゴムのパチンコでハエをうちおとしていた。影の方にまだ何人かいた…

(その五)社会復帰プログラムの専門家

ルーリオがアパートメントにひとりでいたとき、フリッツが帰宅した。 「買い物に出かけています」とルーリオは大男の質問に答えた。「お帰りなさい、リースさん。よかった。やっとお目にかかれて」 「フリッツだ」とフリッツは呼び名を指示した。「すっかり…

(その四)山師

少なくなってきた家産を盛り返すために、鉱山に手を出した。カーキ色コールテンの猟服をつくって、腰に鳶口の子供のような石割をぶらさげ、売りかたの技師に案内されて、群馬や福島の境の山また山をみてあるいた。三日で二十五里も歩いてへとへとになりなが…

(その三)上海の苦力

上海の苦力たちは、寧波あたりから出てきた出稼ぎの細民で、なかには、倒産しかけた一家を助けるため、資金稼ぎに出てきている商人くずれなどもいる。師走前には、梶棒をすてて、裸のからだに泥を塗って、強盗を働くものもあり、青幇党の杯をもらって、ばく…

(その二)出稼ぎ者

出稼ぎ労働者はふつう、出稼ぎ農民と同義語としてうけとられている。六〇年をひとつのさかいとして、農民は都会の工事現場や工場での最底辺労働者となってはたらくようになった。村からでてきた理由は、それぞれさまざまで、そのさまざまな理由によって、出…

(その一)シチョウ

ふと見ると、細面の、スッキリとしたいい女が人込みの中に立って、あっちこっちを心もとなげに見まわしていた。そのただならぬ様子に釣られて、一人立ち二人立ち、彼女のまわりに次第に人垣を作って行った。彼もその一人だった。 若いのに、櫛巻に結って、年…