(その七)撮影所の名物男

大貫 なんて言ったっけ?
石井 正やんは、正やんだな。
大貫 名物男です。
石井 進行係もやれば役者の付き人みたいなこともやれば、監督の腰巾着もやるし、雑用もやる人なんですよ。海に飛び込む場面を撮るとき、たとえば若い監督ならいきなりやれっていうでしょう。そういうのは事故の元だから本来はやっちゃだめなんだ。あらかじめそういう人が飛び込んで、底まで潜って危険物がないか、深いか浅いか、全部調べてからやるんだよ。本来はそういうことをやる何でも屋さん。新東宝の名物男です。奈良の人でね。顔じゅう火傷していて、被爆したような顔してるんだよね。でも、みんなに愛されていて、むかしはそういう人が撮影所にはいたもんなでんす。あるとき、僕が「どうしたの、その顔」って聞いたら、渡辺組の『白蘭の歌』(39年)だったか『熱砂の誓ひ』(40年)だったかで爆破シーンがあって「事故でやられたんや」と言うんですね。嘘か本当か知らないけど、多分本当なんでしょう、本人がそう言ってました。筋骨隆々とした男で、人がよくてね。でも、字が書けないんだ。それで俳優事務もやるでしょう。手帳を見ると象形文字のような独特の記号というか、絵みたいなものが並んでいた(笑)。
大貫 生き字引みたいな人なんですよ。いわゆる教養というものじゃなくて、撮影については何でも知っている。だから分かんないことがあると、「正やん、どうしたらいい」と聞けば何でも教えてくれた。ホント厭なひとつしないで、なんでもやってくれますからね。映画史には残らない人だけど、撮影にはいなくてはならない人。新東宝にとっては歴史上の人物ですよ。監督でも正やんには頭が上がらないくらい。みんな正やんの世話になってるはずです。
石井 清水オヤジも好きだったんだ。だから丸亀ロケの帰りに連れてったんだろうな。
大貫 アラカンさんも可愛がってましたね。
石井 東映にもそういう人がひとりいたんです。親子二代でやってて、息子を事故でなくしたのに、まだ現場が好きなんですね。普通の制作主任ではまとまらないようなことも彼が全部まとめるんだな。段取りから撮影許可から地元のやくざに話をつけるのから全部。本当はそういう人たちこそ、銅像を建てるべきじゃないの。現場では縁の下の力持ちで、ああいう人たちがいなかったら映画が作れなかった。本当はああいう人の記録を書いてくれる人がいればいいんですが……。


石井輝男・大貫雅吉志「殴られたけど、父親みたいな感じでしたね」一九九七年四月四日採録 インタビュアー=田中真澄・木全公彦・佐藤千広 構成=木全公彦
「映画読本 清水宏 即興するポエジー 甦る『超映画伝説』」田中真澄・木全公彦・佐藤武・佐藤千広 編 フィルム・アート社 二〇〇〇年七月二五日発行 九六頁