随筆

ふたりの映画作家の対話

若い、といっても中堅といっていい年頃の映画作家が自作について語る。 「今回のテーマはファム・ファタールでした。運命の女とはなにか。女はふたりの男のあいだで引き裂かれます。過去に振り切ったはずの男と、未来を託してもいいと一瞬でも思った男。演出…

ヤクザ研究ノート(2)

ヤクザ組員と警察との戦後占領下における蜜月期から現在まで連綿と続いた司法取引の実態は、ほとんど公表されることもないまま「証拠物件」の捏造と余罪追求の取り下げをくり返してきたが、取引を持ちかけられた組員が暴露するほかにも、あまりに慣例に浸り…

ヤクザ研究ノート(1)

かつて山口組組長三代目田岡一雄は、マスコミに向かってこう語ったことがある。 「もし国が組員の更正のために、一人三〇〇万ずつ更正資金を与えてくれるなら、山口組は明日にも解散する用意がある」。 おりしも警察庁は一九六一年から「暴力団全国一斉取締…

教訓の検討

『イソップ物語』(岩波文庫版)から、よく知られた話を引用する。タイトルは、「農夫と息子たち」である。 死期の迫った農夫が、息子たちを一人前の農夫にしたいと思って、呼び寄せてこう言った。 「倅たちや、わしの葡萄畑の一つには、宝物が隠してあるの…

カフカの日記の断片

カフカがある比喩を書き綴り、一行ぶん空けた次の段落でこの比喩はうまくない、ぜんぜんうまくないと結論づけるとき、それでもカフカはひとつの表現全体を検討するために、最後の一語まで書き終える。カフカは、女の一部を見て、もしくは、ほくろを見て、み…

感情に含まれた、想像されたもの。恐怖。

かつて師は、弟子の陳情に答えてこう言った。あなたは、人生のあらゆる場面に忍び込む恐怖をなんとか克服する方法を知りたいと言った。まず、恐怖を克服するためには、それに打ち勝たなければならない。恐怖に屈してなお克服することはできないのだから。し…

もうひとつの生活

寺山修司は、好んで「もうひとつの生活」を描いた。 サングラスやつけ髭、つけ胸毛、かつらを偏愛したのは、それらがもうひとりの自分を作り出してくれるからだ。寺山のある著書には、そうした変装グッズが、当時の販売価格とともに、詳細に紹介されている。…

正宗白鳥、かく語りき。

すでに忘れ去られたある作家は、日記を書くことについてこう語った。 ひとが日記を書くのは、家に帰ってきたときにだれもいないからだ、と。 だれもいない部屋で、自分を迎える者がいる。快活に、やあ、今日はどうだった、と語りかける。部屋にはもちろんだ…