2010-07-27から1日間の記事一覧

(その四) スーラ

スーラにたいする不利な証拠は人々がでっちあげたものだったが、彼女についての結論は違う。スーラは、明らかに人々と違っていた。エヴァの傲慢とハナの放縦が、彼女のなかで溶けあっていたが、彼女はすべてを想像からひとひねりして、自分の思想や情緒を探…

(その三) フィンケンシュタイン伯爵

ことはこんなに複雑だったから、当然ながらだれもが、このふたりが「こんな関係に入りこんだ」ことに首をかしげた。友人たちの判断はたしかに当たっていた。カロリーネ・フォン・フンボルトに言わせれば、彼は「内面ではひじょうに神経過敏なのに、複雑さや…

(その二) ハンス・フォン・マレース

文士めいた男。気もちのいい仕事をする、廉直で有能で純粋な人間、しかしかれの画には形而上学がない。画の裏に透けて見える何かがない。見えるのはそこにあるもの、そこにあるのはかれにわかるものである。かれはそこまでしか行けない。画を完成できない。…

(その一) 浅草

浅草ほど、芸人が野垂れ死にするのがカッコいい土地はない。 北野武 『全思考』(2007 幻冬舎)

(その一) ブルーノ・アントニー

彼がきわどいところでいつも身を引くのは、自分が面白い場面を見そこなうことに、ある喜びを感じたからだった。自分の生活の意義を求め、そしてそれに意義を与える行いをしたいという形のない欲望が、あまりにも長い間満たされず、挫折感ばかり味わってきた…

正宗白鳥、かく語りき。

すでに忘れ去られたある作家は、日記を書くことについてこう語った。 ひとが日記を書くのは、家に帰ってきたときにだれもいないからだ、と。 だれもいない部屋で、自分を迎える者がいる。快活に、やあ、今日はどうだった、と語りかける。部屋にはもちろんだ…