2010-07-28から1日間の記事一覧

(その五) 言いよどみ

「至急お伝えしなければならないことができたんです」 「どうしてそこで言葉を切る?」 「えっ……ああ、はい……」 「声が震えているぞ、ラリイ」(マヌエル・プイグ『このページを読む者に永遠の呪いあれ』木村栄一訳 現代企画室255頁)

(その四) 落下

ベイヤードは、何度か深々とすばやく吸い込んでタバコをのみ終えると、ナーシッサの手首を握ったまま、死んだ弟のことを、なんの前置きもなしに、乱暴に語り始めた。それはむごたらしい話だった。始めもなく、馬鹿馬鹿しく不必要なまでにすさまじく、ときに…

(その三) 震え

君はいくつだね ぼくはふるえだした。ぼくの手は手摺りのうえにおかれていたがもしその手をかくしたらかくしたわけが彼にわかってしまうだろうとおもった(ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』尾上政次訳 富山房282頁)

(その六) ベーラ

まったくその通り。ベーラが垣間みた真実はもっとずっと複雑で説明しがたいものだった。つまり、ふたりの人間が一緒になると、もし本当に一緒にいると、そのふたりには必ず根本的な変換がもたらされる。相手と接触したいという、ただそれだけのことで何かが…

(その五) クェンティン・コンプソン

「ぼくを信用しないのかい?」とおれはいう。 「ええ」と彼女はいう。「あたしはあなたのことはよく知ってるわ。だって、いっしょに育ったんですもの」 ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』尾上政次訳 富山房358頁

(その二) 向く

「そうね。……あなたには、あたしのほうを向くとき、いつでもすこし途方に暮れたようなところがある。自分自身からすこし後ろへさがって、なんとなく稀薄な、その分だけやさしい感じになって、こっちを見ている。それから急にまとわりついてくる。それでいて…

(その一) 思案

Iは、こぶしを握り、ほほにあて、小指を立てて唇で噛んだ。与えられた圧力によって、首はかしげられ、視線は虚空に向けられた。男はそのようにして短く思案した。(出典:夢)

(その八) ジャン=リュック・ゴダール

ゴダールは、自分の作品では最も厳格な誠実さに拘束されていた一方で、実生活では、絶えず嘘をついていた。しかも、彼の助監督を長く務めたある人物が明敏に指摘するように、彼には嘘をついていないふりをするという努力をまるでしないという奇妙な性癖があ…

もうひとつの生活

寺山修司は、好んで「もうひとつの生活」を描いた。 サングラスやつけ髭、つけ胸毛、かつらを偏愛したのは、それらがもうひとりの自分を作り出してくれるからだ。寺山のある著書には、そうした変装グッズが、当時の販売価格とともに、詳細に紹介されている。…

(その七) ド・ボルム夫人

清潔な、しかし衛生学の法則に従って板壁にはリポランを塗った、そんな部屋の一つに、ド・ボルム公爵夫人の令嬢が臥っていた。この少女は、少し前から、虫様垂炎の手術を受けていたのだ。公爵夫人は、娘のそばを離れたくないというので、隣りの小さい部屋に住…