2011-06-03から1日間の記事一覧

(その八十三) ボゾ

翌朝、われわれはもう一度パディの友達を探しにかかった。ボゾと言って、大道絵師、すなわち道路の上で絵を描く男である。パディの世界には住所などは存在しなかったけれども、ボゾはランベスで見つかるのではないかとは漠然とわかっていて、結局エンバンク…

(その八十二) パディ

パディはそれから約二週間、わたしの相棒になった。そして彼こそとにかく親しくなったと言える最初の浮浪者だから、彼のことについて書いておきたい。彼は典型的な浮浪者だし、英国にはその仲間が何万といるはずだからである。 パディはわりあい背の高い、三…

(その八十一) アンリ

下水道で働いているアンリもいた。背の高い、縮れ毛の陰気な男で、下水工夫用のブーツを履いているとなかなかロマンティックな男前だった。変わっているのは仕事のこと以外口をきかないということで、文字通り幾日でも口をきかなかった。彼はわずか一年前ま…

(その八十) ルージエ夫婦

変わり者もいた。パリのスラムは変わり者の巣窟である――孤独で狂った同然の人生に落ちた結果、ふつうのまともな人間になることをあきらめてしまった連中だ。金が労働から解放してくれるように、貧乏は人間を常識的な行動基準から解放してくれる。このホテル…