(その四) 落下

ベイヤードは、何度か深々とすばやく吸い込んでタバコをのみ終えると、ナーシッサの手首を握ったまま、死んだ弟のことを、なんの前置きもなしに、乱暴に語り始めた。それはむごたらしい話だった。始めもなく、馬鹿馬鹿しく不必要なまでにすさまじく、ときに不敬きわまる粗野な話だった。もっとも、それは、粗野な話であっただけにかえって粗野にならずにすんだように、無茶苦茶な話であっただけにかえって嫌味のないものになっていた。また、その話全体の底流として、かたくななベイヤードの誤れるプライドの苦しいあがきがあり、ナーシッサはベイヤードに握られている腕を緊張させ、もう一方の手を口に押しあてて坐ったまま、ぎょっとしながらもうっとりとベイヤードに見とれていた。
「あいつは、ジグザグに飛行していたんだ。そういうわけでぼくは、ドイツ野郎に攻撃をしかけられなかったんだ。ぼくがドイツ野郎に照準を合わせるたびに、ジョンの奴はまたもや間に割り込んでくる。そこでぼくは、ほかのドイツ機から攻撃をしかけられないうちに、急角度で上昇せざるを得なくなる。それからあいつは、ジグザグ飛行をやめたが、あいつの機が横滑りするのを見た途端に、万事休すってことがわかった。それから、あいつの機の翼から火が噴き出しているのが見えた。あいつは、後ろを振り返って見ていた。ドイツ野郎のことなんか、全然、見ていなかった。ぼくのことを見ていたんだ。ドイツ野郎はそのとき撃つのをやめ、ぼくたちはいわば、いっとき、そこに停止したみたいだった。ぼくは、ジョンが何をやらかそうとしているのか、ジョンが両足を突き出すのが見えるまではわからなかったが、そのときあいつは、いつもやっていたように、ぼくに向かって嘲るように親指を鼻にあてて手をひろげて見せ、ドイツ野郎にはひょいと手を振り、邪魔だとばかり自分の機を蹴りつけて、踏みだした。あいつは、足から先に跳び出したんだ。いいかね、人間てものは、足から先にどこまでも落ちて行けるもんじゃない、そこでジョンの奴も、間もなく大の字に腹這う形になった。ぼくたちのすぐ下には、一群の雲の塊まりがあって、あいつは、ぼくたちが水泳で腹うち跳び込みと言っていたような格好で、腹を下にして雲に叩きつけられた。だが、ぼくは雲の下であいつを受けとめることができなかった。あいつが雲の中から出てきていないうちに、ぼくのほうが雲の下に降りていたことはたしかなんだ。なぜって、ぼくのほうが雲の下に降りてから、あいつの機がさかんに燃えながら、ぼく目がけて落ちて来たんだから。ぼくはそれから身をかわしたが、そいつはブーンと爆音をたてて通りすぎたかと思うと、急旋回をして、またもやぼく目がけて近づいてくる。そこでぼくは、危うく身をかわさざるを得なかった。そんなわけで、あいつが雲から出てきたとき、ぼくはあいつを拾い上げることができなかった。ぼくは、あいつよりも下に降りているとはっきりわかるまで急降下して、もう一度見渡した。だが、あいつの姿は見えず、たぶん降下距離が足りないのだろうと思って、さらに降下したんだ。あいつの機が三マイルほど離れたところに墜落するのが見えたが、ジョンを拾い上げることはできなかった。それからぼく目がけて地上放火が始まって――」(ウィリアム・フォークナー『サートリス』斎藤忠利訳 富山房296頁)