(その百四)パット・ギャレット

パット・ギャレット、理想的な人殺し。公的な人物、医師の心。かれの手は毛深く、傷あとがあり、ロープで痛めつけられていて、手首に生涯消えないむらさきの痣があった。理想的な人殺しであるのはかれの心がひがんでいなかったからだ。通りでだれかを殺して戻ってきたあとでジョークのしめくくりを言う能力があった。何が正しいかを決めてしまい、すべてのモラルを忘れている人間だ。かれはだれにでも、敵にさえも、親切だった。かれは心底から人々を楽しんだ。その中には変人も、麻薬中毒者も、泥棒もいた。かれらにとっていちばん怖かったのは、かれがかれらを理解したことだ。何がかれらの笑いや怒りの動機となるのか、どういうことをかれらが考えたがっているのか、かれらがかれを好きになるにはどう行動しなくてはならないのか。学者的な殺人者なのだ――ただかれの快活な性格とさまざまな趣味だけがかれを交際仲間として最高の部類のものにしていた。かれはルーダボーのような人間たちに耳をかたむけ、かれらの突飛な行為にゲラゲラ笑った。かれの言葉は人前では実にひどいものだったが、でもひとりでいるときはバチあたりなことは言わなかった。


十五歳のときにかれはフランス語を独習し、そのあとの四十年間、それについてだれにも語らず、だれにもフランス語で話しかけなかった。フランス語の本さえ読まなかった。


十五歳から十八歳のあいだギャレットのことはほとんど噂にものぼらなかった。ファン・パラでかれは貯金していたお金で二年間ホテルの部屋を貸し切り、酒の飲み方を学ぶ計画を立てた。最初の三ヶ月、かれはむりやりに自分の心を分解しようとした。あらゆるところに吐いた。一年たつと一日にボトルを二本飲んでも吐かずにいられるようになった。かれは生まれてはじめて夢を見るようになった。朝、目をさますとシーツはアルコール度四十パーセントの尿でびしょぬれになっていた。かれは花におどろくようになった。花は何をしようともくろんでいるのかわからないほどゆっくりと成長していたから。かれの心はかれのまわりのそうした花たちのひどい錯誤のおかげで自分がすぐれていることを知った。花たちがかれを見つめていた。


二年後にかれはなんでも飲めるようになり、何を混ぜあわせても醒めたままでいられ、しらふのときにおなじように有能に反応できるようになった。しかし中毒になっていて、自分自身のゲームの中に閉じこめられていた。かれの金は尽きようとしていた。二年間はもつように計画していたのだが、飲む生活がその先の数ヶ月もつづき、コントロールが効かなくなっていた。かれは生きのびるために盗みをし、自分を売った。ある日、ファニータ・マルティネスの家に盗みに入り、彼女にみつかり、彼女の居間に倒れこんだ。約六ヶ月で彼女はかれの中毒を溶かしさった。ふたりは結婚し、その二ヶ月後に彼女はかれに隠していた結核のために死んだ。


ギャレットの心におこったことはだれにもわからない。かれは飲まなかった、人前にあらわれることはなかった。ファニータ・ギャレットの死の一か月後、かれはサムナーに到着した。


ポリータ・マックスウェル
パット・ギャレットがフォート・サムナーに足を踏み入れた最初の日のことをおぼえているわ。わたしは服が靴の上までたれている小さな女の子で、かれがうちに来て仕事はないかと聞いたとき、わたしは兄のピーターのうしろに立ち、あっけにとられてかれを見つめたの。かれみたいな長い足は見たことがなく、その姿は滑稽で、話し方もひょうきんだったので、かれが行ったあとで、ピーターとわたしはさんざん笑ったわ。


かれの頭ははっきりしていて、体は酒をうけつけ、感情は、ふだん地獄を避けて生きている連中とはちがって、ほかの者が問題や困難から抜けだせないことに対して冷たくなかった。農場で働いたり、カウボーイをやったり、バッファロー・ハンターになったりして十年をすごし、アポリナリア・ギテレスと結婚して五人の息子を得た。けっして使うことのなかったフランス語で頭をいっぱいにして、サムナーにやってきたときから、かれにはあの稀有な存在となるためのすべてのものが備わっていた――正気の人殺し正気の人殺し正気の人殺し正気の人殺し正気の人殺し正気の


     マイケル・オンダーチェビリー・ザ・キッド全仕事』福間健二訳 国書刊行会 一九九四年七月二〇日発行 四四〜四七頁 
Michael Ondaatje,The Collected Works of BILLY THE KID