(その百)不適合者

 この男は敏腕ではなかった。かれの周辺では何もかもがうまくゆかず、かれは自信をもてなかった。アパートからは幾度も追い立てを喰い、借金で首が廻らなかった。住居が二重に人手に渡ったくらいでは、まだそこにへばりついていた。しかし、しょっちゅうの引っこしのさい、箱やこわれた家具に腰かけているかれ自身は、平然と朗らかであって、引かれ者の小唄を歌いながら周辺のナンセンスなものを楽しんでいた。なにものかになること(「なにものか」とはひとつの手段であり、ひとはふつう手段にしかなれない)を、明るくかれは拒否して、じぶんの敗北のまわりをうろつきながら、物珍しげにじぶんの敗北を眺めていた。それが目的だった。


ベルトルト・ブレヒトブレヒト青春日記』野村修訳 晶文社 一九八一年四月二五日発行