(その三十一) ヘンリー・ダーガー

 山手線の車内。水玉模様のミニスカートをはいた女の子。父親と祖母といっしょに行楽にでかけた女の子は、朝方降っていた雨が止んだことをとても喜んだが、折りたたみの傘が邪魔になった。同じ水玉模様で揃えられた傘は、しばらく女の子の手のひらでもてあそばされ、行き場を失った。父親は次の目的地の地図を広げ、祖母は手すりにつかまって目を閉じた。そのあいだ、家族はだれも口をきかなかった。女の子は退屈し、傘で窓を叩いたり、太腿にあてたりした。車内アナウンスが流れたときだけ、おたがいを見るともなく見交わす家族を、西日がずっと照らしていた。その後、なにを思ったのか、女の子は股に傘をはさむと、勢いよく腰をふり回した。まったく同じ水玉模様の傘のうえで、フリルのついたスカートがめくれあがる。屹立した傘は、しばらく父親の面前で揺れていた。父親はしかるでもなく、疲労のたまった顔で、ぼんやりと娘の股にはさまれたものを見つめていた。祖母は素知らぬ顔で優先席に滑り込み、女の子は傘のちがった用途に喜びを見出し、途方に暮れる父のまえで傘をふり回しつづけた。ようやく父親が娘の頭をたたくと、その勢いで傘が床に落ちた。その瞬間、私を含めた三人の乗客がそっと胸に手を当てた。