(その三) ストーリー・ヴィル

 「盛り場の王」トム・アンダーソンはランパートとフランクリンの間に住んでいた。彼は毎年、ニューオリーンズの売春婦をひとりのこらずリストアップした青表紙を出版していた。これは町の盛り場へのガイドブックで、カスタムハウス一二〇〇番のマーサ・アリスからペイズン北二一〇番のルイザ・ウォルターまで、最初に白人、次に黒人の女をアルファベット順に並べ、最後に混血の女を紹介していた。青表紙とその他の同種のガイドブックは、ありとあらゆる場所を網羅しており、どの店だろうと、金をもって中にはいり、一文無しで出てくることができた。どれだけ金をもっていても、さまざまな特別料金を払わされていつのまにか使いきってしまうのだ。たとえばオイスター・ダンスの見物料――裸の女が小さなステージの上でピアノに合わせて踊る。最高の踊り手はオリヴィア・ジ・オイスター・ダンサーで、生の牡蠣を額にのせ、それから身をくねらせて牡蠣を体中にはわせて一度も落とすことがない。牡蠣は体の上をジグザグに進み、最後に足の甲まですべり落ちる。すると彼女は牡蠣を空中高く蹴り上げ、額で受け止め、また最初からやり直す。あるいはカスタムハウス(後にアイバーヴィルと名を変えた)三三五番では、その通りで彼は発狂したのだが、フレンチ・エンマの「六十秒プラン」で運だめしをすることもできた。挿入後、一分間射精を我慢できたものは二十ドル割引きになるのだ。彼女は挑戦者を増やすために、ある程度の成功率を維持していたが、ほんとうは、わたしの中で我慢できる男などいないと豪語していた。というわけで、どんなに金をもってはいっても、出てくるときは文無しだった。グレイグ・ヘイズは、客のポケットから金をすり取るように訓練された洗い熊さえペットに飼っていた。

   マイケル・オンダーチェ『バディ・ホールデンを覚えているか』畑中佳樹訳 新潮社 二〇〇〇年二月二五日発行 九〜一〇頁
     Michel Ondaatje, Coming through slaughter,1976