(その九十七) 三船敏郎

 三船は、それまでの日本映画界では、類のない才能であった。
 特に、表現のスピードは抜群であった。
 解りやすく云うと、普通の俳優が表現に十呎かかるものを三呎で表現した。
 動きの素速さは、普通の俳優が三挙動かかるところを、一挙動のように動いた。
 なんでも、ずけずけずばずば表現するそのスピード感は、従来の日本の俳優には無いものであった。
 しかも、驚くほど、繊細な神経と感覚を持っていた。
 まるで、べたほめだが、本当なのだから仕方がない。強いて欠点を捜せば、発声に少し難点があって、マイクロフォンで録音すると、聞きとりにくくなる点であろうか。
 とにかく、めったに俳優には惚れない私も、三船には参った。

黒澤明『蝦蟇の油――自伝のようなもの』岩波書店 一九八四年六月発行 三四一〜三四二頁