(その七十五) ウィドリントン夫人

 ……彼女は彼に愛の技術を教えた。「地獄に悪魔を全部蓄えておく炎のような情熱」を持つ彼女は、彼の愚鈍さを罵り、臆病さを笑い、最後には自分が彼に恋をした。
       ヴァージニア・ウルフ『ロジャー・フライ伝』宮田恭子訳 みすず書房 一九九七年九月一二日発行 108頁 
十九世紀小説に出てくるような、野心はあるが金も地位もコネもない若者を導く典型的な上流夫人像を、ヴァージニア・ウルフはたったのニ行で描写している。オノレ・ド・バルザックならたっぷり一六ページはかける場面を、ウルフは惜しげもなくその類まれな正確さで羅列していく。