(その十九) 昂進

 ぼくはいつもより神経質になり、そして意気地がなくなり、数年前自慢していた落ち着きの大部分を失ってしまった。今日バウムから、どうしても東ユダヤ人の夕べの集いの司会役をやることができないと書いた葉書をもらい、それでは自分が一件を引き受けねばならないと考えざるをえないと思ったとき、どう抑えようもない体の震えに襲われ、体中の血管はまるで小さな花火のようにドキドキ躍った。ぼくは腰かけていたが机の下の膝はガクガクふるえ、両手を押しつけあわずにはいられなかった。もちろんぼくは立派な講演をするだろう。これは確かだ。またその晩この上もなく不安が昂まって、ぼくはかえって緊張し、不安を感じる余裕さえなくなり、話はまるで銃身から飛び出すようにぼくの口からまっすぐ飛び出してゆくだろう。しかし、そのあと倒れて、その卒倒から長時間どうしても抜け出せないということもありうる。なんと体力のないことだろう! この二言三言すら、虚弱さの影響のもとに書かれているのだ。
            フランツ・カフカカフカ全集7 日記(一九一二年ニ月八日の記述)』谷口茂訳 新潮社 一九八一年一〇月ニ〇日発行 179頁