(その十四) 共有

 電車に乗り座席について、ふと見上げると、眉毛を抜いている男がいた。長髪で、ヴィトンの手提げかばんを太ももの脇に置き、一心に鏡を見つめていた。電車のゆれで立てかけたかばんが倒れると、ふさがった手を伸ばすに伸ばせず膝を硬くすり合わせた。鏡の自分に酔いしれるように眉根をひそめ、下唇をうっすらとそらせると、さまざまな光線のもとで自分の顔の陰影を心ゆくまで味わっていた。彼は座席の一番はじにいたので、抜き終わった毛を一本一本職人のような丁寧さでポールのついた壁に植えつけていた。実際、彼は植毛しているように見えた。それから彼は、鏡をやや下方に落とし、あごを突き出すと、眼の脇をぴんと伸ばす方法で顔全体を左右に広げた。すると彼にしか見えない鏡が新たな無駄毛を映し出したようで、勢いよく毛抜きを鼻穴に突っこんだ。ときおり眼をまぶしそうにしばたたき、歯の根をあわすようにくしゃみに耐え、再び植毛に精を出していた。また、私の正面では、まったく化粧っ気のない三十台の女が座っていた。彼女は電子辞書で語句を調べながら、膝に置いたノートに眼を落とし、髪の毛を耳にかきあげた。その動作のほんのついでといった風に、指先を頭髪深く地肌にこすりつけ、頭頂からおでこにかけてじぐざぐに指を動かすことで、大量のふけを落としていた。それに気づいた隣の女は、マスクの上から横にらみして、再び手に持った本に視線を移した。彼女は読書に集中しようとしたが、車窓から降り注ぐ陽光に舞い落ちるふけが反射したため、ちらちら眼を奪われざるをえなかった。彼女の読んでいる本は確か、『「シェア」という考え方』というタイトルだった。