(その百十二)ヒースロー喜一郎

 ヒースロー喜一郎は強盗に必要なすべてを備えていた。自分のものではない金品を欲することと手にしたあぶく銭を躊躇なく投げ出すこと。一瞬の所有者となることを運命づけられた男は、彼がこの社会に生を受けた全ての証を売りさばき、追っ手の執念深い追跡を煙とかき消す手練手管もむなしく、時間という名の泥棒蟹に肩を叩かれ、西陽が沈むころ、銃声とともにおのれの運の尽きを受け入れた。