(その四十八)遺言

作家のサマセット・モームは、「人を死に至らしめるのは記憶の重みである」という意味の言葉を残して自殺した。九一歳だった。遺言をしたためた便箋は、インクをよく渇かしてから、ふだんそうしていたようにきれいな四つ折りにたたまれた。かれは、書きかけの原稿をいつもそうしていたように、重しにした革張りの本の下にそっと滑りこませた。まるで、まだ書き足りない文章をいつでも書き足せるとでもいうように。
最後の箴言は、必ずしもかれを納得させなかった。忘れられないのは、まだ本来のあるべき姿をとっていない、そんな不格好にも見えることばの群れだった。