(その四十二)マッチメイク

 リーグ戦やトーナメント戦は、まず最初に優勝者を決めて、そこから逆算してマッチメイクを練っていく。ただ本物のケガなどアクシデントもあるので、その際は状況に応じてシナリオを書き換えていく。
 いちばん困ったのは、ブルーザー・ブロディに振りまわされた一九八五年のIWGPタッグリーグ戦だった。
 このときは猪木さんと相談して、“新世代”の藤波&木村健悟組を優勝させて、新風を巻き起こすことに決まっていた。これはマッチメイカーだった私の考えで、最初に猪木さんに打診したときは、あまり快い返事はもらえなかった。やはり「自分が一番、まだまだあいつらには、そこまで花は持たせたくない」というのが本音のようだった。
 しかし、マッチメイクをまかされている以上、私も猪木さんのイエスマンになってばかりではいられない。けっきょく、猪木さんもしぶしぶ認めて、リーグ戦が始まった。
 ところが、そのマッチメイクに納得しない男が一人いた。ジミー・スヌーカとのコンビで参戦していたブルーザー・ブロディだ。
 シリーズが始まったばかりの頃、宿泊先のホテルの私の部屋に来たブロディが、「今回はどこのチームを優勝させるんだ?」と聞いてきた。それで私は「藤波組だ」と答えると、さも意外そうな顔で、「なに? オレたちじゃないのか?」と聞き返す。その後は、「違うよ、藤波組だ」「何を言う。オレたちを優勝させたほうが盛り上がるじゃないか」と、押し問答が続いた。
「お前は自分のことしか考えていないようだな。しかし、俺はマッチメイカーとして、新日本プロレス全体のことを考えて決めているんだ」
そう言い切って突っぱねた私とブロディの舌戦は、決勝前日まで続いた。これが、あの忌まわしいボイコット事件につながってしまう。
 決勝に残ったのは三組。藤波&木村組と猪木&坂口組、そしてブロディ&スヌーカ組だった。そして、ブロディが提案してきた。
「決勝はオレたちと藤波組にしてくれ。猪木組も点数では決勝には進出できるが、坂口をケガさせたことにして不戦敗にしろ」
 私が「仮にそうしたとしても、優勝するのは藤波組だぞ」と言い返すと、「それはまた考えよう」と最後まで譲らなかった。
 このままでは何が起きるかわからないので、シャクにさわるがブロディの提案を坂口さんに話し、納得してもらった。
「よし、わかった。そういうことにしよう」
 決勝戦の前日、東京都福生市で行われた猪木&坂口組とブロディ&スヌーカ組の試合で、坂口さんが足を徹底攻撃されて、大きなダメージを負った。もちろん演技だ。あの頑丈な足は、その気になっても簡単にこわせるものではない。試合後、ダメージがあるように見せかけるために、わざわざ椅子で何度も引っぱたき、すごいアザをつくった。
 決勝戦の会場は仙台だった。当日の朝、自宅を出ようとしていた矢先、坂口さんから電話がかかってきた。
「高橋さん、やっぱり俺、今日は出るよ」
「えっ、欠場するはずじゃないですか」
「いや、仙台の客だって、それじゃあつまらないじゃない。猪木さんとも話をしたから、そういうことにしてくれ」
「そうですか、わかりました」
 坂口さんがそう言うのだからしかたがない。急遽、三つ巴のストーリーを描きながら、当時の東北新幹線の始発駅である上野駅に向かった。
 日本陣営は先の新幹線で向かっており、これから出るのは私と外人部隊だ。またブロディが確認してきた。
「今日は坂口は休むんだろうな。坂口がいたら、なぜいるのに試合をしないんだと客が騒ぐから、仙台には来させるな」
 そう迫るブロディに、坂口さんからの電話の一部始終を伝えた。
 話を聞いたブロディは興奮し、お前らはバカだのチキンだのとさんざんののしった挙げ句、口論の末に私をぶっ飛ばして、新幹線に乗らずに駅を出ていった。事情がわからない相棒のスヌーカも、ブロディに言われるままについていった。
 当時は携帯電話がないから、緊急の出来事だが連絡ができない。しかたなく仙台まで行き、着いてすぐ坂口さんのいるホテルに電話をした。
 もちろん観客には、その理由を正直に話すわけにはいかなかったが、とにかくブロディ組が新日本にクレームをつけて試合をボイコットしたことを説明した。そして、ようやく最初に思い描いていた藤波組の勝利、藤波さんが初めてドラゴンスープレックスを決めて、感動の優勝を飾るシーンにこぎつけた。

     ミスター高橋『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』 講談社 一六六〜一六九頁