(その四十一)ケッフェイ

 ケッフェイとはプロレスの真実を教えてはならない、あるいは知らない者のことを指す。プロレスには暗黙のルールがある。新人にそれを教えるタイミングが問題なのだ。みんな薄々プロレス独特のルールに感づいているとは思うが、それは絶対に口に出してはいけない掟。ごく限られた身内でしか真実の話はできない。
 帝国プロレスでは有能な新人が入門しても、いきなりプロレスの暗黙のルールは教えない。まずはセメントで鍛える。そしてある程度セメントができるようになったとき、海外修行に出し、「本当のプロレスとは何か」を学んでこさせるのである。
 こうすれば誰も傷つかない。帝国プロレスとしては知らず知らずのうちにプロレスの本質を学んできて欲しいのだ。プロレスの暗黙のルールは、学校の授業のように勉強して覚えるものではない。経験によって次第に身に付けていくものなのである。既にエンターテイメント・スポーツだとはっきりカミングアウトしてファンの支持を得ている本場のアメリカンプロレスを経験することで、プロレスの真実と素晴らしさを体で覚えて帰ってこさせる。
 武者修行から帰ってきた時は、もう誰も教える必要のない本物のプロレスラーになって帰ってくる、というわけだ。
 最近のプロレスラー志願者はプロレスのケッフェイをあらかじめ承知で入門するものが多い。そういう連中がいちばん困る。プロレスをなめて掛ってきている。そういう連中はたいてい一人前になれずに逃げ出してしまう。いくらプロレスにストーリーがあるといっても、本物の強さを持っていないと絶対に務まらない。
 また、ギミック中心のプロレス団体が増えた風潮もあって、最近は海外修行というシステムの意味がなくなった。それに海外のプロレス事情がかつてほど隆盛ではないため、提携できる団体も少なくなり、海外修行はほとんど行われなくなったが、プロレスラーの海外修行にはこんな意味があったのである。別に強さを追求する武者修行に行くわけではないのだ。

     ミスター高橋『プロレス聖書――キング・オブ・エンターテイメント』 ゼニスプラニング 二〇〇三年一二月一〇日発行 二〇〜二一頁