(その三十七)ピンハネ

 勝二が地下鉄に乗った。
 その頃、地下鉄は東京に一本、渋谷ー浅草間のいまいう銀座線だけで、料金はどこから乗っても、どこを乗っても二十円。終点から終点まででも、一駅でも同じの二十円。切符には渋谷⇔浅草としか書いていない。どの駅で買っても同じデザイン(?)の切符だった。
 ところがある日、ある駅で仲間と切符を買い、改札口で駅員がそれを切った。ふと二人の切符を見くらべたら切符の穴、つまりパンチの型が違う。
「オイ、変だよ、おかしいよ」って引き返して切符を切っている駅員の手元をみてたら、お客が買った切符を切ってもらうため駅員に渡す、受けとった駅員は、パチンと音だけさせて、手元にもっているその駅で降りた客から受けとった切符を渡していたそうだ。
 お客もこのトリックに気が付かなかった。つまり駅員は一人につき、一枚二十円のもうけだ。今に換算すると、そう二百円くらいであろう、いいもうけだ。
 勝二はその腕をグイと摑んだ。
「オイ、このやろう」てなもんだ。駅長がとんで来て、平身低頭でひたすら謝ったので許してやった……と言っていたが。
 その駅長もグルだったのかも知れナイ。
「兄さん、それからですヨ。乗った場所、つまり乗車駅の名が地下鉄の切符に入るようになったのは……」と、これまた勝二の武勇伝。

立川談志『談志楽屋噺』文芸春秋(文春文庫版)一九九〇年三月一〇日発行 二六九〜二七〇頁