(その五十八) 加藤純之輔

 差木地村には、加藤純之輔と、小山敬三がいた。春陽会の画家たちだった。加藤は詩も書いた。東京へかえってからも、加藤との交際がつづいた。芸術家気質で、自我の強い彼は、内という字のなかの字が人か入かということで、朝の十時から、夕方まで僕と議論した。数百冊の書籍を積上げて、お互い証拠をつきつけあったが、人になっていたり、入になっていたりしてなかなかはてしがつかず、また明日という約束をして、もの別れになった。
      金子光晴『詩人 金子光晴自伝』(『ちくま日本文学全集 金子光晴』所収)筑摩書房 一九九一年六月二〇日発行 211頁