(その六十七) ギャヴィン・スティーヴンズ

「はい」と彼女がいう。それは金のライターだったのさ。「あなたがこれを使いたがらないのは、知っているわ。だって、ライターでパイプに火をつけると、油のにおいがするって、いってたから」
 「いや」と検事がいう。「わたしがいったのは、わたしにはそれがわかるっていっただけさ」
 「まあいいわ」と彼女はいう。「とにかく、これを受け取ってちょうだい」そこで検事がそれを受け取った。「それにはあなたの頭文字が彫ってあるのよ、ほらね」
 「G・L・Sか」と検事はいう。「これはわたしの頭文字じゃないよ。わたしなら、ただG・Sの二字だけだ」
 「知っているわ。だけど、店の人が組み合わせ文字は三字にする方がいいっていうから、あたしのLをあなたにかしてあげたのよ」その時彼女は検事と向かい合い、検事を見つめて立っていたが、ほとんど彼と同じくらいの背丈だった。「あの人はあたしの父ね」と彼女はいう。
 「いいや」と検事がいう。
 「そうよ」と彼女がいう。
 「まさかあの人が君にそういったんじゃあるまいね」と検事がいう。
 「あの人がいわないことは、わかっているんでしょう。あなたがあの人にいわないように約束させたんだから」
「いいや」と検事がいう。
「それじゃあ、お誓いなさい」
「いいとも」と検事がいう。「わたしは誓うよ」
「あたしもあなたが好きだわ。」と彼女はいう。「そのわけがおわかり?」
「いいや。どうしてだね」と検事がいう。
「それはね、あなたはあたしに嘘をつくたび、最後までその嘘にしがみつくっていうことが、あたしにはいつもわかるからなのよ」
       ウィリアム・フォークナー『館』高橋正雄訳 冨山房 一九六七年一二月一日発行 171〜172頁