(その十三) シュガー・レイ

 俺は、今ではアダム・クレイトン・パウエル・ジュニア・ブールバードと呼ばれる七番街の、一二三丁目にあったレイのバーにも、よく行った。レイがいるときもあった。プロボクサーや一流のハスラー、ヒップな連中や綺麗な女性がたくさん集まる場所だった。連中はそこで、いろいろ語り合ったり、陽気に歌ったり、称え合ったりしていた。ボクサーが、何かとレイに突っかかることもあった。そんな時レイは、相手を睨みつけて言うんだ。
「オレがチャンピオンだってのが、信じられないだと? 今ここで、こうして立って話しているこのオレが? 証拠を見せろだと? たった今ここで、しかも話しながらか?」
 で、ファイティング・ポーズを取ると、足を開き、踵で身体を前後に揺すりはじめる。綺麗な服を着て、ニヤニヤして、髪の毛をオールバックにまとめている彼が、相手に挑むときに見せる、あの歪んだ生意気な笑みを見せるんだ。偉大なボクサーというのは、偉大なアーティストと同じで、短気で、相手が誰だろうと試してみようとするんだ。シュガー・レイはそのトップにいて、本人もそれを自覚していた。
        マイルス・デイビス『完本 マイルス・デイビス自叙伝』中山康樹訳 JICC出版局